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2009.12.18

45º ANNIVERSARIO

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2009年12月17日は45回目の誕生日
しかし、私のそれではなくmy carのもの。

毎年書いているように思う(2007, 2008)が、Modena生まれの2POSTIがFirenzeにデリバリーされて丁度45年目を迎えた。
結局、この1年でファーストオーナーを訪れる旅もできなかった。それ以上にFirenzeはなぜか縁遠く、未だ街中を自分の足で歩いたこともない。

さて一度もみていないし、ドライブもしていないクルマのことは書きたくても書けないので、今回はMistralのデザイナー、Pietro Fruaを手短に紹介したいと思う。加えてちょっとおかしな自分のストーリーも書いてみようと思う。

P Fruaというと、Glas, AC Fruaなど60年代の作品に代表される"Frua line"が有名であることは、古くからの自動車ファンには有名な話し。ところが、これら以外にMaseratiとP Fruaは切り離すことができないほどの深い関係であり、数多くのMaseratiをデザインしてきた。

1950年代のFuori-Serie時代、A6G-2000, A6G/54, 150GT, A6GCSなどに代表されるようにデザインが異なるそれぞれの車両。3500GT以降のPost Fuori-Serie時代にもスペシャルモデルである3500GT Frua, 5000GT Frua, プロダクションモデルとして採用されたMistral, Quattroporte, Kyalami, そして後のスペシャルモデル、Quattroporte Aga Khan, Mexico Frua, Bora Fruaなど、これだけ多くのModenase marqueをデザインしてきた。

P Fruaは1913年、Torino生まれ。彼は生涯、Torinoとその近郊スイスを本拠地にして仕事を行ってきた。
FIATの専門学校を卒業後は、17歳でStabilimenti Farina (1930-37)に入社する。そこでデザインを学びチーフデザイナーまで務めた後、戦後すぐの1944年に自身の名を冠したCarrozzeria Pietro Frua(1944-1958)を起ち上げた。
ここではSergio Coggiolaを含む15人の部下を抱え、Maserati A6G 2000, Lancia Aurelia, FIAT 1100 Coupe, OSCA MT4-2AD, Maserati A6GCS, FIAT Multiplaなど数多くの作品を残す。


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実は以前にCarrozzeria Pietro Fruaのデザインオフィスが存在したVia Giovannni Verrazzano 18, Torinoを訪ねたことがある。
街の中心地から少し離れたところで、現在は普通の住宅、本当に何もないところである。
それでも苦労してたどり着き「ここにデザインオフィスが存在したのか・・」と思ったことだけはよく覚えている。


1957年 P Fruaは自身の事務所をGhiaに売却し自身もGhiaに移る。ここでは有名なRenault Dauphineを作り上げる。その後もCarrosserie Ghia Aigle(スイス), Carrozzeria Vittoriと一緒に協力しながら仕事を進めた。


しかし1958年、再び自身の名を冠するStudio Technico Pietro FruaをTorinoに起ち上げた。結局、彼は亡くなるまでこのスタジオで働きつとめ、ここでの仕事がFrua lineを生み、60年代のFruaが一番輝いていた時代を築いた。

ここでは、先にあげたMaserati以外にも、Glas V8, AC 428 Spider, Monteverdi, Volvo P1800 ES Rocket, Rolls Royce Phantom VI, Lamborghini Faenaなど多くの有名な作品を作り上げた。(P Fruaの作品=Carrozzeria P Fruaと思われているが、実は一番輝いていたのはこのStudio Technico P Frua時代といわれている。既にCarrozzeria FruaはGhiaに売却してしまったので、この時代のエンブレムはCarrozzeria FruaではなくCreazione Fruaというものが使われている。これはFruaファンにも案外知られていないような豆知識)

このStudio Technico Pietro Fruaは、創業時こそTorinoにあったが1965年には隣町、Moncalieriに移ることになる。


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再び話しは戻ってMistral
Mistralの発表は1963年のTorino Showなので、間違いなくデザインはTorino時代のStudio Technico P Fruaオフィス、Via Villa Glori 8で生み出されたものと思う。
そんなことが動機となって、ここも訪ねたことがある。Torinoの中心地から、Po川を渡った下町風の住宅街にあるVia Villa Gloriは、Carrozzeria P Frua時代のVia Giovannni Verrazzano以上に何もない通り。丁度、川の向こう岸には、Torino Showが行われていた会場がみえるくらいのところ。今となっては表札や、その時代を感じさせるものは全くないが、「ここでデザインされたのか・・・」と妙に満足した。


P Fruaは1983年、現役デザイナーのまま癌に屈することになる。
亡くなる直前に長年のアシスタントであったGinaと結婚するが子供もおらず、彼の功績、ヒストリーは作品から知るか、もしくは仕事関係者や親類関係を辿らない限りなかなか知る機会はない。(またほかの有名デザイナーのような書籍もない)


一度、「P Fruaを訪ねて・・・」というような旅をしてみたいのですが・・・

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Comments

marcue様
なかなか興味深いFruaレポートでした。最後は、癌だったのですか。ちょっと寂しい感じもしますが、スカリオーネ氏のような老後も何か悲しいですね。人間引き際って、難しいです。Fruaデザインは、個性と品が同居していて、ちょっと異質でしたね。ミケロッテイのように多作ではなかったですが、一点一点が非常に丁寧に作られていると言う印象でした。角ライトをうまく使いましたね。初代のクワトロポルテ、グラース等々。ジウジアーロも、デザインのアイデアを、彼から貰っているなと感じた箇所があります。初代のクワトロのガラスエリアのアイデアは、フィデアに活かされているようですし、ただ、Fruaから見たジウジアーロデザインは、その後に余りよいものを残さなかった様に思われます。線から面へのデザインに、難しさがあったのでしょうか?。ギブリを真似たモンテベルデイのクーペ等は、彼らしくないものでした。

カーグラフィックでの高島さん評は、Fruaを褒めていましたね。ドーフィンやフロリド、そしてヴォルヴォのP1800。独特なものです。

Posted by: 大内 誠 | 2009.12.18 at 10:04

 とても読みごたえのある内容でした。感激したのでお礼に、というのもおかしいですが、次の日記でミストラルのモデルとカタログをとりあげようと思います。

Posted by: moriwaki | 2009.12.18 at 13:02

大内さん
いつもコメントありがとございます。
当時のデザイナーはやはり皆が皆、個性でしたね。今や横並びの個性とは大違い。
Fruaは200以上の作品を残していますが、異質という個性が妙にしっくりするような気がします。デザイナーらは互いに意識し合いながら、ほかのいいところを自分なりに吸収し、取り入れていったのでしょうね。
大内さんもおっしゃられるように60年代以降のウェッジシェイプには、Fruaは取り残された感がします。今となってはそれも個性に思えていいですね。


moriwakiさん
感激していただいたのですか! それはうれしい。
ミストラスのカタログは、私も手に入れなければと思っていますが・・・ 全て高価になってしまいました。 なかなか簡単に手が出ません。(悲しい〜)

Posted by: marque | 2009.12.18 at 20:26

PS
Maseratiネタが続いて、まさにPowered dal tridenteです。
久方ぶりだなぁ〜〜

Posted by: marque | 2009.12.18 at 22:25

これまで余り語られる事の無かったFruaのストーリー
とても興味深く拝見させて頂きました。

Mistral,私と同年齢なんですね^^

Posted by: 職人 | 2009.12.19 at 06:07

職人さん
コメントありがとうございます。
Fruaはかなりの台数の作品を残しているのですが・・・既に無くなってしまったこと、またGiugiaroらの世代に比べて世代が古いこと、子供がいなかったことなど、、、様々なファクターにより、あまり語られることもなく、書籍もあまり存在しません。
よって資料を読んだり、見たり、調べたりはパスルを解いているようで、面白いものです。
同年齢のクルマは憧れなんです。自分もいつかは同じ年齢のクルマと思っていますが、どうなることか・・・? このイタリア滞在が随分と価値観を変えてしまいました。

Posted by: marque | 2009.12.19 at 18:23

貴重なリポート、ありがとうございます。
fruaのこと理解が進みました。

イタリアからのリポート、楽しみにしています。

Posted by: イノウエ | 2009.12.20 at 18:00

イノウエさん
楽しんでよんで頂けたようでうれしく思います。
Fruaも有名ながら、今となってはレアというところでしょうか!?
このようなデザイナーが世界中にたくさんいますね。判るうちにいろいろ残しておきたいですね。

Posted by: marque | 2009.12.21 at 04:00

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